秋田地方裁判所 昭和58年(わ)110号 判決 1983年11月08日
裁判所書記官
加賀谷四郎
本籍
岩手県九戸郡野田村大字野田第一七地割二一番地
住居
秋田市手形字山崎一九七番地
医師
川原浩
昭和五年一月二〇日生
右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は検察官渡邊秀雄出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年四月及び罰金二、四〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、秋田市手形字山崎一九七番地に事務所を置き、「川原医院」の名称で産婦人科医院を経営しているものであるが、自己の所得税を免れようと企て、人工姙娠中絶収入を除外するなどの行為により所得を秘匿したうえ、
第一 昭和五五年中の実際総所得金額は七、九一二万九、三七四円(別紙(一)修正損益計算書参照)で、これに対する所得税額は四、三一八万九、二〇〇円であるにもかかわらず、昭和五六年三月一六日、同市中通五丁目五番二号所在秋田南税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は一、九五八万四、二八三円で、これに対する所得税が五五三万六、三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税と右申告税額との差額三、七六五万二、九〇〇円(税額の算定は別紙(三)脱税額計算書参照)を免れ、
第二 昭和五六年中の実際総所得金額は一億四五四万一、七五五円(別紙(二)修正損益計算書参照)で、これに対する所得税額は六、〇八〇万五、七〇〇円であるにもかかわらず、昭和五七年三月一五日、前記秋田南税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は二、九七二万二、二〇七円で、これに対する所得税額が九九七万三、五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税と右申告税額との差額五、〇八三万二、二〇〇円(税額の算定は別紙(四)脱税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示事実全部について
一、被告人の当公判廷における供述
一、被告人の検察官に対する供述調書、大蔵事務官に対する質問てん末書一三通(但し、昭和五八年三月一五日付のものを除く)及び同人作成の上申書四通
一、川原悦子の検察官に対する供述調書及び大蔵事務官に対する質問てん末書四通
一、相馬剛の大蔵事務官に対する質問てん末書
一、黒沼雄喜男、矢野一泰、嶽石性真、高階豊、西村徹朗、下沢実、鈴木平二及び菅野清孝各作成の各上申書
一、大島利美及び下沢実各作成の各証明書と題する書面
一、大蔵事務官作成の「脱税額計算書説明資料」(昭和五八年四月一八日付、同年一一月七日付)「所得税の納付状況照会に対する回答」及び「贈与税の納付状況照会に対する回答」(三通)と各題する書面
一、秋田市財政部収税課長作成の「県・市民税の納付状況照会に対する回答」と題する書面四通
一、大蔵事務官作成の「銀行調査書」、「証券会社調査書」、「収入除外調査書」、「所得税及び県市民税調査書」、「給与所得調査書」、「預金調査書」、「有価証券等調査書」、「簿外預金等調査書」、「簿外仕入調査書」、「簿外たな卸資産調査書」、「事業主勘定調査書」、「郵便貯金調査書」、「調査報告書」、「脱税額計算書説明資料」、「所得税の青色申告の承認取消通知書」(謄本)と各題する書面
判示第一の事実について
一、大蔵事務官作成の「脱税額計算書」(昭和五八年一一月七日付)と題する書面
一、押収してある五五年分の所得税確定申告書(昭和五八年押三一号の一)及び五五年分の所得税の修正申告書(同号の二)
判示第二の事実について
一、被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書(昭和五八年三月一五日付)
一、大蔵事務官作成の「手帳による収入除外調査書」、「脱税額計算書」(検甲64号と表記されているもの)、「五六年分の所得税の修正申告書謄本」(検甲68号と表記されているもの)と題する書面
一、押収してある五六年分の所得税の確定申告書(昭和五八年押三一号の三)
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為は、行為時において昭和五六年法律第五四号による改正前の所得税法二三八条一、二項に、裁判時において改正後の所得税法二三八条一、二項に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、次に、判示第二の所為は所得税法二三八条一、二項に該当するところ、情状によりそれぞれ懲役刑及び罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で、被告人を懲役一年四月及び罰金二、四〇〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右の懲役刑の執行を猶予することとする。
(量刑の事情)
本件犯行は、産婦人科医師である被告人が、自己の経営する医院を近代的な建物に改築するためなどの資金や老後の生活資金等を貯える為、適正な所得税の支払を回避しようと企て、過少な税金の申告をなし、総額約八、八〇〇万円にものぼる所得税の支払を免れていたもので不正手段のその態様は悪質であり、かかる被告人の行為はその社会的地位からみても国民の納税意欲に与える影響も大きく、その刑事責任は重大である。
しかしながら他方、被告人は本件の結果、優生保護法指定医の資格を取消され、医師会等の各種役員を辞任し、さらに多額の重加算税等を納税するなど既に十分な社会的制裁を受けていること、被告人は本件につき悔悟反省し、再犯の虞れもないと考えられること、被告人はこれまで医師としての活動面においては真摯な態度で患者に接し、患者の信頼も厚かったとみられることなどの事情も認められるので、これらを総合考慮し、主文掲記のとおりの刑を科するのを相当と判断した。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 武田和博)
別紙(一) 修正損益計算書
自 昭和55年1月1日
至 昭和55年12月31日
<省略>
<省略>
別紙(二) 修正損益計算書
自 昭和56年1月1日
至 昭和56年12月31日
<省略>
<省略>
別紙(三)
<省略>
別紙(四)
<省略>